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東京高等裁判所 平成7年(行ケ)30号 判決

大阪市中央区北浜4丁目5番33号

原告

住友金属工業株式会社

代表者代表取締役

中村爲昭

訴訟代理人弁理士

森道雄

杉岡幹二

穂上照忠

東京都千代田区大手町2丁目6番3号

被告

新日本製鐵株式会社

代表者代表取締役

田中實

訴訟代理人弁護士

久保田穣

増井和夫

主文

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者が求める裁判

1  原告

「特許庁が平成5年審判第10248号事件について平成6年12月6日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告(審判被請求人)は、名称を「油井管継手」とする特許第1616963号発明(昭和56年7月23日特許出願、平成元年3月2日出願公告、平成3年8月30日設定登録。以下、「本件発明」という。)の特許権者である。

被告(審判請求人)は、平成5年5月21日、本件発明の特許を無効にすることについて審判を請求し、平成5年審判第10248号事件として審理された結果、平成6年12月6日、「特許第1616963号発明の特許を無効とする。」との審決がなされ、その謄本は平成7年1月19日原告に送達された。

2  本件発明の要旨

クロムを10%以上含有する高クロム含有鋼からなり、鋼管と継手との螺合面が終りそれより先端が鋼管側からみて先細のテーパをなして相互に接触するメタルーメタルシール部を有する継手であって、少なくとも前記メタルーメタルシール部に、ビッカース硬度で300以下、かつ融点が400℃以上である金属またはその合金メッキを施したことを特徴とする油井管継手(別紙図面A参照)

3  審判の理由の要点

(1)本件発明の要旨は、その特許請求の範囲に記載された前項のとおりと認める。

(2)これに対し、被告は、本件発明はその出願前に頒布された下記の刊行物に記載された技術的事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであり、同法123条1項の規定によりその特許を無効にすべきものである旨主張した(なお、以下に記載する書証番号は、すべて本件訴訟におけるものである。)。

a British Steel Corporation1980年6月発行「Pipe for the Oil Industry」1頁ないし20頁(甲第3号証。以下、「引用例1」という。別紙図面B参照)

b AMERICAN PETROLEUM INSTITUTE1974年3月発行「API SPECIFICATION 9th Edition」5頁、44頁ないし48頁(甲第4号証。以下、「引用例2」という。別紙図面C参照)

c 日刊工業新聞社昭和37年10月発行「新版実用金属便覧」171頁(甲第5号証)

d 丸善株式会社昭和59年1月発行「改訂2版金属データブック」155頁(甲第6号証)

e 丸善株式会社昭和42年6月発行「鉄鋼材料便覧」1432頁、1433頁(甲第7号証)

f 石油技術協会昭和53年5月発行「油井用鋼管ハンドブック(改訂版)」50頁(甲第8号証)

g ELSEVIER PUBLISHING COMPANY1967年発行「LUBRICATION and LUBRICANTS」507頁(甲第9号証)

(3)被告の上記主張に対して、原告は、引用例1には「鋼管と継手との螺合面が終りそれより先端が鋼管側からみて先細のテーパをなして相互に接触する部位に、メタルーメタルシールを有する油井管継手」、「13%クロムを含有する油井管」及び「継手のねじ部に亜鉛メッキを施すこと」が記載されていることは認めるが、引用例1、引用例2あるいは甲第5ないし第9号証には、それらを組み合わせ、有機的に結合することを示唆する記載はない旨主張するとともに、継手の材料が高クロム含有鋼であるときに、それとの組み合わせにおいて好適なメッキ金属について、何等示唆する記載がないこと、引用例1に記載された亜鉛メッキを施す部位はねじ部であり、メタルーメタルシール部の表面処理については、何等記載がないことから、本件発明は、これら刊行物に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではないから、その特許を無効とすべき理由はない旨主張した。

(4)判断

〈1〉 甲号各証の内容

引用例1の5頁左欄1行ないし5行には、「油井管(オイル ウエル ケーシング)」である「エクストリーム ライン ケーシング」について、「エクストリーム ライン ケーシングは、高い継手強度、漏れ(リーク)に対し積極的な抵抗を示すメタルーメタルシール、継手外径の最小化、地下に挿入する時の最速化そして流線型をした特徴をもっている」との記載があり、同頁にはその継手部の断面形状が図示されている。その図面の記載によれば、鋼管と継手とが螺合しており、その螺合面が終りそれより先端が鋼管側からみて先細のテーパをなして鋼管と継手とが相互にしている継手構造を読もみとることができる。また10頁には、「ケーシングとチュービングのグレード」として、ケーシングとチュービングに適用する鋼種とその特性が一覧表に記載されており、その説明として、同頁左下欄5行ないし7行には「BSC-SN-80 ケーシングとチュービングは、13%のCrを含有し、CO2腐食に抵抗を持つように設計されている。」との記載がある。さらに、11頁には「一般事項」として、同頁右欄1行ないし7行に「保護 ねじ部の表面処理」について、「継手部のねじ部と(必要ならば)パイプのねじ部には、APIやVAN(「VAM」の誤記と認められる。)の規定に則り、製品として最適な表面処理を施す。リン酸処理を行うこともあり、他の場合は、電気亜鉛メッキを施すこともある。また、ステンレス グレードには蓚酸処理を行っている。」と記載されている。

次に、引用例2の44頁には、「エクストリーム ラィン ケーシング」の「ねじ部とシール部の寸法及び公差」について説明した記載があり、同頁左欄5行ないし9行には、「ネジとシール(The thread and seal)の要素には、以下の規定を適用する。シールの干渉はタンジェント点におけるピンシール部とボックスシール部の接触によって起こるものである。(FIG.7.1とFIG.7.2、寸法AとO参照)」との記載があり、さらに同頁右欄9行ないし14行(「15行ないし20行」の誤記と認められる。)には、「エクストリーム ライン ケーシングのボックス側またはパイプ雄端のネジ部(threads)及びシール部(seal)にはかじり(galIing)を低減し、継手の漏れ(1eak)抵抗を最大にするために、電気メッキ処理、熱処理または他の許容される範囲の処理をしなければならない。」と記載されている。そして、45頁及び47頁には、それぞれ継手部の詳細を示すFIG.7.1とFIG.7.2が記載され、それらの図面の記載からみて、前記「タンジェント点」とは、「鋼管と継手との螺合面が終りそれより先端が鋼管側からみて先細のテーパをなして相互に接触する」点であることを読みとることができる。

また、甲第5号証には、亜鉛の融点が419.46℃であることが、甲第6号証には、亜鉛の硬度がブリネル硬度で45HBであることが記載され、甲第7号証には、ブリネル硬度とビッカース硬度との換算表が記載され、この表によれば、ブリネル硬度ビッカース硬度の数値はほとんど同じであることを読みとることができる。

〈2〉 対比

本件発明と引用例1記載の技術的事項を対比する。

引用例1には、油井管である「エクストリーム ライン ケーシング(以下、「ELケーシング」という。)」が、鋼管と継手とが螺合し、その螺合面が終りそれより先端が鋼管側からみて先細のテーパをなして鋼管と継手とが相互に接触している継手構造を有しており、漏れに対して積極的な抵抗を示すメタルーメタル シールを有することが記載されていることは前記のとおりであるが、メタルーメタル シールがどの部位を指すのかについては明示されていない。しかし、引用例2には、ELケーシングについて、「シールの干渉はタンジェント点におけるピン(鋼管側)シール部とボックス(継手側)シール部の接触によって起こるものである。(FIG.7.1とFIG.7.2、寸法AとO参照)」との記載があり、FIG.7.1とFIG.7.2の記載からみれば、「タンジェント点」とは、「鋼管と継手との螺合面の終りそれより先端が鋼管側からみて先細のテーパをなして相互に接触している」点であることが読みとれるから、結局、引用例1には「鋼管と継手との螺合面の終りそれより先端が鋼管側からみて先細のテーパをなして相互に接触するメタルーメタルシール部を有する油井管継手」が記載されているものと認められる。

さらに、引用例1には、前記のとおり、「BSC-SN-80」というグレードでは、「ケーシングとチュービングは、13%のCrを含有し、CO2腐食に抵抗を持つように設計されている。」との記載があり、また、ケーシングとチュービングの保護のために、「継手部のねじ部と(必要ならば)パイプのねじ部には、APIやVAMの規定に則り、製品として最適な表面処理を施す。リン酸処理を行うこともあり、他の場合は、電気亜鉛メッキを施すこともある。また、ステンレス グレードには蓚酸処理を行っている。」との記載がある。これらの記載は、一体のものとして記載されたものではなく、個別に記載されたものではあるが、引用例1は「石油工業用パイプ」について、その製品を紹介したものであり、油井管継手を設計するに際して、継手構造、材質、締結時の摩擦対策などは、当然に考慮されるべき問題であるから、引用例1に記載されたこれらの製品をどのように組み合わせるかは、当業者が油井管の使用条件に応じて適宜決定しえたことである。

してみれば、引用例1には、「クロムを10%以上含有する高クロム含有鋼からなり、鋼管と継手との螺合面が終りそれより先端が鋼管側からみて先細のテーパをなして相互に接触するメタルーメタルシール部を有する継手であって、そのねじ部に、亜鉛メッキを施した油井管継手」が、実質的に記載されているものと認めることができる。

なお、原告は、引用例1、引用例2あるいは甲第5ないし第9号証には「継手の材料が高クロム含有鋼であるときに、それとの組み合わせにおいて好適なメッキ金属については何等の示唆もない」こと、引用例1には「ステンレス グレードには蓚酸処理を行っている」と記載されていることから、引用例1に個々別々に記載された油井管の材質として高クロム含有鋼を選択することと、油井管継手のねじ部に亜鉛メッキを施すこととを組み合わせ、高クロム含有鋼からなる油井管継手のねじ部に亜鉛メッキを施すことは、当業者の容易に想到しえたこととはいえない旨主張している。

しかしながら、引用例1には、亜鉛メッキなどの表面処理は「APIの規定により」行う旨記載されており、そのAPI(規格)、すなわち引用例2には、「ELケーシングのボックス側またはパイプ雄端のネジ部(threads)及びシール部(seal)にはかじり(galling)を低減し、継手の漏れ(1eak)抵抗を最大にするために、電気メッキ処理、熱処理または他の許容される範囲の処理をしなければならない。」と記載されていることからみれば、かじりを低減し、漏れ抵抗を最大にするために、油井管継手のねじ部にメッキ処理を施すことは、本件出願前周知の技術であったものと認められ、引用例1に記載された「油井管継手のねじ部に亜鉛メッキを施す」ことは、API規格に記載された「かじりを低減し、漏れ抵抗を最大にする」ためのメッキ処理の一態様であったものと認められる。そして、引用例1及び引用例2には、「かじりを低減し、漏れ抵抗を最大にする」という課題に照らして、高クロム含有鋼ないしはその他特定の鋼材質の継手に対して亜鉛メッキが有効でない旨の記載はなく、「ステンレス グレードには蓚酸処理を行っている」との引用例1の記載も、高クロム含有鋼であるステンレス グレードの継手ねじ部の表面処理の一態様として「蓚酸処理」をあげているだけで、「亜鉛メッキ処理」のかじり及び洩れに対する有効性を否定するものではないから、継手の材質が高クロム含有鋼であるからといって、前記周知のメッキ処理の一態様として引用例1に記載された亜鉛メッキを採用することが困難性を有するものであったと解する特段の理由はない。

そうすると、結局、本件発明と引用例1記載の技術的事項は、「クロムを10%以上含有する高クロム含有鋼からなり、鋼管と継手との螺合面が終りそれより先端が鋼管側からみて先細のテーパをなして相互に接触するメタルーメタルシール部を有する継手であって、少なくとも一部に金属メッキを施した油井管継手」である点において一致し、下記の2点において相違する。

イ 本件発明が、メタルーメタルシール部に金属メッキを施しているのに対して、引用例1記載のものは、ねじ部に金属メッキを施している点

ロ 本件発明が、金属メッキとして「ビッカース硬度で300以下、かつ融点が400℃以上である金属またはその合金メッキ」を採用しているのに対し、引用例1記載のものは、「亜鉛メッキ」を採用している点

〈3〉 相違点についての検討

〈相違点イについて〉

引用例2には、前記のように、「ELケーシングのボックス側またはパイプ雄端のネジ部(threads)及びシール部(seal)にはかじり(galling)を低減し、継手の漏れ(leak)抵抗を最大にするために、電気メッキ処理、熱処理または他の許容される範囲の処理をしなければならない。」との記載があり、ここでいう「ボックス」、「パイプ」、「シール部」は、それぞれ本件発明の「継手」、「鋼管」、「メタルーメタルシール部」に相当するから、引用例2には、油井管継手のねじ部及びメタルーメタルシール部に、かじりを低減し、洩れ抵抗を最大にするために、メッキ処理を施すことが記載されているものと認められる。そうであれば、引用例1の「継手部のねじ部と(必要ならば)パイプ部のねじ部には、APIやVAMの規定に則り、製品として最適な表面処理を施す。」との記載からみれば、油井管継手のねじ部に亜鉛メッキを施すことは、「かじりを低減し、洩れ抵抗を最大にする」ことを目的としたものと認められるから、油井管継手において、かじりを低減し、洩れ抵抗を大きくするという同一の目的のために、ねじ部だけでなく、メタルーメタルシール部にも亜鉛メッキを施して本件発明のようになしたことは、当業者ならば容易に想到しえたことと認める。

〈相違点ロについて〉

亜鉛が、「ビッカース硬度で300以下、かつ融点が400℃以上である金属」に属することは、甲第5ないし第7号評の記載からみて明らかであり、本件発明の好適な実施例として、亜鉛メッキを施す例が示されていることからしても、この点に実質的な相違はない。

また、これらの相違点を総合的にみても、本件発明の要旨とする構成によって、格別顕著な効果が奏されるものとも認められない。

以上のとおりであるから、本件発明は、引用例1、引用例2及び甲第5ないし第7号証記載の技術的事項に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものである。

(5)結論

したがって、本件発明の特許は特許法29条2項の規定に違反してなされたものであり、同法123条1項1号の規定に該当するから、これを無効とすべきものとする。

4  審決の取消事由

引用例1、引用例2及び甲第5ないし第7号証に審決認定の技術的事項が記載されており、本件発明と引用例1記載の技術的事項とが審決認定の2点において相違することは認める。

しかしながら、審決は、引用例1及び引用例2記載の技術内容を誤認して本件発明と引用例1記載の技術的事項との一致点の認定及び相違点イの判断を誤り、かつ、本件発明が奏する作用効果の顕著性を看過した結果、本件発明の進歩性を否定したものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)一致点認定の誤り

審決は、引用例1記載の技術的事項をどのように組み合わせるかは当業者が適宜決定しえたことであるとした上で、引用例1には「クロムを10%以上含有する高クロム含有鋼からなり、鋼管と継手との螺合面が終りそれより先端が鋼管側からみて先細のテーパをなして相互に接触するメタルーメタルシール部を有する継手であって、そのねじ部に、亜鉛メッキを施した油井管継手」が実質的に記載されており、本件発明と引用例1記載の技術的事項は「クロムを10%以上含有する高クロム含有鋼からなり、鋼管と継手との螺合面が終りそれより先端が鋼管側からみて先細のテーパをなして相互に接触するメタルーメタルシール部を有する継手であって、少なくとも一部に金属メッキを施した油井管継手」である点において一致すると認定している。

しかしながら、引用例1には、下記の技術的事項が、個々別々に記載されているにすぎない。すなわち、

a 13%のクロムを含有するBSC-SN-80のケーシングとチュービングはCO2(スイート)腐食に抵抗を持つように設計されていること(10頁左欄5行ないし7行。以下、「aの記載」という。)、

b 継手及び(必要なときは)パイプのねじ部には製品にふさわしくAPIやVAMの規定で要求されるような表面処理が施される。或る場合にはりん酸処理が要求され、他の場合には電気亜鉛メッキが施されるかも知れないこと(11頁右欄3行ないし8行。以下、「bの記載」という。)、

c 蓚酸処理がステンレスグレードに施されること(11頁右欄8行。以下、「cの記載」という。)。

審決の前記認定は、aの記載中の「13%のクロムを含有するBSC-SN-80のケーシングとチュービング」と、bの記載中の「電気亜鉛メッキ」とを組み合わせることは、当業者が適宜決定しえたことであるという趣旨と考えられるが、aの記載は、列挙された8グレード中の1グレードのスチールに関する説明であり、bの記載は、継手あるいはパイプのねじ部の保護手段の例示であって、これら2つの記載を一体の技術的事項として理解すべき根拠は存しない。そして、BSC-SN-80はステンレスグレードに属するスチールであるから、引用例1が開示する技術的事項は、BSC-SN-80からなるケーシングとチュービングのねじ部に適する保護手段は蓚酸処理であるということであり、かつ、bの記載とcの記載とを併せれば、ステンレスグレードのスチールには電気亜鉛メッキは推奨されていないと理解するのが合理的であるから、審決の一致点の認定は誤りである。

継手の材質金属は多種であり、その金属の保護手段としての表面処理も多様であるから、特定の使用条件下における最適な組合せの決定は容易でない。まして、油井管継手のメタルーメタルシール部はメインシールと内面ショルダーシールの2箇所から形成されるが、内面ショルダーシールは油井管内を流れる石油の厳しい腐食環境に曝される。しかるに、亜鉛は、CO2を含む環境において耐食性が劣ることが知られており、亜鉛メッキは腐食環境では不適であるというのが技術常識であったから、油井管継手のメッキ金属として亜鉛を採用することは当業者の通念に反する事項であるが、本件発明はこのような常識を翻して創案されたものである。

したがって、ステンレスグレードに属する「13%のクロムを含有するBSC-SN-80のケーシングとチュービング」に電気亜鉛メッキを施すことは当業者が適宜決定しえたことであるとし、これを前提としてなされた、引用例1には「クロムを10%以上含有する高クロム含有鋼からなり、鋼管と継手との螺合面が終りそれより先端が鋼管側からみて先細のテーパをなして相互に接触するメタルーメタルシール部を有する継手であって、そのねじ部に、亜鉛メッキを施した油井管継手」が実質的に記載されており、本件発明と引用例1記載の技術的事項は「クロムを10%以上含有する高クロム含有鋼からなり、鋼管と継手との螺合面が終りそれより先端が鋼管側からみて先細のテーパをなして相互に接触するメタルーメタルシール部を有する継手であって、少なくとも一部に金属メッキを施した油井管継手」である点において一致するとした審決の認定は、誤りである。

この点について、審決は、引用例2の記載をも援用して、「引用例1及び引用例2には、(中略)高クロム含有鋼ないしはその他特定の鋼材質の継手に対して亜鉛メッキが有効でない旨の記載はな」いと説示している。しかしながら、引用例1及び引用例2には、ステンレスグレードの継手と亜鉛メッキとの組合せが有効であることは記載されておらず、示唆すらされていないのであるから、審決の上記説示は当たらないというべきである。

(2)相違点イの判断の誤り

審決は、「引用例2には、油井管継手のねじ部及びメタルーメタルシール部に、(中略)メッキ処理を施すことが記載されているものと認められる。」とした上、「油井管継手において、(中略)ねじ部だけでなく、メタルーメタルシール部にも亜鉛メッキを施して本件発明のようになしたことは、当業者ならば容易に想到しえたことと認められる。」と判断している。

しかしながら、引用例2には、「ELケーシングのボックス内及びシールには電気メッキ処理(中略)が施される。」(44頁右欄15行ないし17行)と記載されているのであって、ここにいう「シール」が、本件発明が要旨とする「メタルーメタルシール部」に相当するとは断定できないから、審決の相違点イの前記判断は、引用例2記載の技術内容を誤認してなされたものであって、誤りである。

(3)  本件発明が奏する作用効果について

審決は、「相違点を総合的にみても、本件発明の要旨とする構成によって、格別顕著な効果が奏されるものとも認められない。」と判断している。

しかしながら、本件公報3頁の第3表によれば、少なくともメタルーメタルシール部に本件発明が要旨とする硬度及び融点の条件を満たす金属(Cu、Zn、Ni-Zn合金)のメッキを施した継手が、耐焼付性において優れた特性を発揮することは明らかである。このような作用効果は、当業者の予測を著しく越えるものであるから、審決の上記判断は誤りである。

第3  請求原因の認否及び被告の主張

請求原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本件発明の要旨)及び3(審決の理由の要点)は認めるが、4(審決の取消事由)は争う。審決の認定判断は正当であって、これを取り消すべき理由はない。

1  一致点の認定について

原告は、引用例1の「13%のクロムを含有するBSC-SN-80のケーシングとチュービング」(aの記載)と「電気亜鉛メッキ」(bの記載)とを組み合わせることは当業者が適宜決定しえたことであるとした審決の判断は不当であり、これを前提としてなされた一致点の認定は誤りであると主張する。

しかしながら、引用例1は「石油工業用パイプ」という特定の製品に関する刊行物であって、aないしcの各記載はいずれも「OCTG」、すなわちOil Country Tubular Goods(油井管)と題された部分(3頁ないし11頁)のものであるが、この「OCTG」の部分に記載されている製品は、すべて各種のグレードのスチールからなる油井管である。そして、b及びcの各記載は「OCTG」の項の末尾(11頁)の「一般事項」中の「保護手段」の冒頭(「ねじ部の表面処理」の項)に存するのであるから、bの記載の保護手段は、隣り合った10頁に記載されている8種のグレードの特殊スチール(aの記載は、第1のグレードのスチール(ステンレススチール)に関するものである。)からなる油井管すべての継手について適用されるものとして説明されていると理解すべきことは当然である。

このように、引用例1には、高クロム含有鋼であるBSC-SN-80の継手の保護手段として、リン酸処理、電気亜鉛メッキ及び蓚酸処理の3種が開示されているのであるから、当業者ならばそのいずれかを選択することに格別の困難はない(電気亜鉛メッキが高クロム含有鋼には適さないという技術常識は存しない。ちなみに、bの記載の「electro-galvanising may be used」は「電気亜鉛メッキを施すこともある」あるいは「電気亜鉛メッキを用い得る」と訳すべきであって、原告のように「電気亜鉛メッキが施されるかも知れない」と訳するのは妥当でない。なお、cの記載が、ステンレスグレードのスチールからなる油井管継手の保護手段は蓚酸処理のみに限定される趣旨でないことは、審決説示のとおりである。)。

なお、原告は、亜鉛はCO2を含む環境においては耐食性が劣る金属であるから、これを油井管継手のメッキ金属として採用することは当業者の通念に反すると主張する。

しかしながら、本件発明は、その要旨とするメタルーメタルシール部のメッキ材料が亜鉛に限定されていないし、亜鉛の腐食性を防ぐ構成を有するものでもないから、原告の上記主張は無意味である。念のために付言すれば、本件発明において、亜鉛は露出表面の保護被膜として使用されているのではなく、メタルーメタルシール部の焼付あるいはムシレを防ぐための潤滑剤として使用されているのであるから、亜鉛の腐食性は、本件発明におけるメタルーメタルシール部のメッキ材料として亜鉛を採用することに何らの妨げとなるものではない。ちなみに、原告は、継手のメタルーメタルシール部の端部(ショルダーシール)は油井管内を流れる石油の厳しい腐食環境に曝されると主張するが、原告がいう端部(ショルダーシール)とは別紙図面A第1図の符号4(メタルーメタルシール部)の右側に表されている縦線の部分であって、本件発明が要旨とする鋼管と継手とが「鋼管側からみて先細のテーパをなして」相互に接触するメタルーメタルシール部ではない。

2  相違点イの判断について

原告は、引用例2の44頁右欄15行に記載されている「シール」は本件発明が要旨とするメタルーメタルシール部に相当するとは断定できないと主張する。

しかしながら、引用例2の44頁以下はAPIのELケーシングの規格に関する記述であって、そこにいう「シール」がメタルーメタルシール部を意味することは当業者にとって常識であり、図7.1及び7.2にもメタルーメタルシール部が明示されているから、原告の上記主張は失当である。

3  本件発明が奏する作用効果について

本件発明が要旨とする亜鉛メッキが引用例1及び引用例2等から容易に想到し得たものである以上、その数値限定によって奏する作用効果に格別の意味はない。

第4  証拠関係

証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

第1  請求原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の要旨)及び3(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。

第2  そこで、原告主張の審決取消事由の当否を検討する。

1  成立に争いのない甲第2号証(特許公報)によれば、本件発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果が下記のように記載されていることが認められる(別紙図面A参照)。

(1)  技術的課題(目的)

本件発明は油井管継手、詳しくはそのシール部の硬度及び融点が特定された油井管継手に関するものである(1欄11行ないし13行)。

油井管の継手部におけるシール性は重要な事項であり、一般的には、第1図に示すような継手構造でそのシール性を確保している。すなわち、油井管1相互(他方の油井管の図示は省略)をカップリング継手2により連結する場合、ねじ部3が終りそれより先端が管1側からみて先細のテーパをなして相互に接触するメタルーメタルシール部4と、このメタルーメタルシール部の入り口部に継手2側に曲率中心を有する円弧シール部5とを形成しておき、継手2の回転締付けにより前記シール部4、5に圧入代を与えて接触面に高面圧を発生させ、シール性を図っている(1欄14行ないし2欄5行)。

従来、油井管の材料として、普通鋼、あるいは、クロム(Cr)やモリブデン(Mo)を数重量%含有するCr-Mo鋼が用いられていたが、近年、油井の条件がますます厳しくなるに従って、H2SやCO2を伴う腐食環境下でも耐食性等の性能を十分発揮する油井管が要望され、Crを10%以上含む高クロム含有鋼からなる油井管が用いられている(3欄3行ないし10行)。

油井管の継手シール部には、焼付やムシレ防止の観点から、何らかの表面処理を行う必要がある。従来の一般的な材質の油井管に対しては、リン酸亜鉛またはリン酸マンガン等による化成処理を行っていたが、上記の高クロム含有鋼に対してこの種の化成処理を行おうとしても、化学反応が十分でなく付着性も悪く、したがって焼付やムシレを防止することが実質的に困難であった(3欄11行ないし19行)。

本件発明は、高クロム含有鋼に特有の表面処理の困難性に対処するために、所期のシール性を図りながら、焼付及びムシレを確実に防止できる油井管継手を提供することを技術的課題(目的)とする(3欄20行ないし24行)。

(2)  構成

本件発明は、上記の技術的課題(目的)を達成するためには従来の化成処理に換えて金属またはその合金メツキを施すことが有効な手段であり、かつ、その金属またはその合金メツキの選択に当たっては硬度と融点とが重要なフアクターであることを見出し(3欄25行ないし30行)、その要旨とする構成を採用したものである(1欄2行ないし9行)。

(3)  作用効果

本件発明によれば、高クロム含有鋼に対して金属またはその合金メツキを強固に密着させることができるとともに、焼付やムシレを確実に防止することができる(5欄29行ないし6欄21行)。

2  一致点の認定について

原告は、引用例1のaの記載とbの記載とを一体の技術的事項として理解すべき根拠は存しないから、本件発明と引用例1記載の技術的事項は「クロムを10%以上含有する高クロム含有鋼からなり、鋼管と継手との螺合面が終りそれより先端が鋼管側からみて先細のテーパをなして相互に接触するメタルーメタルシール部を有する継手であって、少なくとも一部に金属メッキを施した油井管継手」である点において一致するとした審決の認定は誤りであると主張する。

検討するに、成立に争いのない甲第3号証によれば、引用例1は鉄鋼の製造会社の発行に係る「石油工業用パイプ」という標題のパンフレットであって、

「オイル ウエル ケーシング

API エキストリーム ライン ケーシング

エキストリーム ライン ケーシングは、高い継手強度、漏れに対し積極的な抵抗を示すメタルーメタルシール、継手外径の最小化、地下に挿入するときの最速化そして流線型をした特徴を持っている。」(5頁左欄1行ないし6行)

「ケーシングとチュービングのグレード

BSC-SN-80 ケーシングとチュービングは、13%のCrを含有し、CO2腐食に抵抗を持つように設計されている(aの記載)。」(10頁下段の左欄5行ないし7行。なお、同頁の上段には8グレードのBSCを含む17グレードのスチールの強度等が示され、中段には「特殊スチールのグレード」と題して8グレードのBSCの特性が示されている。)

「一般事項

保護手段

ねじ部の表面処理

継手部のねじ部と(必要ならば)パイプのねじ部には、APIやVAMの規定に則り、製品として最適な表面処理を施す。ある場合にはリン酸処理を行うこともあり、他の場合は、電気亜鉛メッキを施すこともある(bの記載)。また、ステンレスグレードには蓚酸処理を行っている(cの記載)。」(11頁右欄1行ないし8行)

と記載され、5頁左下段には、鋼管と継手とが螺合し、その螺合面が終りそれより先端が鋼管側からみて先細のテーパをなして相互に接触している継手構造が図示されていることが認められ(別紙図面B参照)、かつ、以上の記載はいずれも欄外に「OCTG」と題された部分(3頁ないし11頁)に存在することが認められる。

ところで、「ケーシングとチュービング」は、パイプと継手とからなり、いずれもねじ部を有するものであるから(別紙図面B参照。なお、前掲甲第3号証によれば、引用例1の7頁にはオイル ウエル チュービングのねじ部が図示されていることが認められる。)、引用例1の10頁に記載された種々の鋼種のそれぞれについて、「OCTG」の「一般事項」である「保護手段ねじ部の表面処理」、すなわちbの記載が適用されると理解するのは当然のことである。そして、BSC-SN-80は前記のとおりステンレスグレードであるから、結局引用例1には、BSC-SN-80からなる継手ねじ部の保護手段である表面処理として、リン酸処理、電気亜鉛メッキ及び蓚酸処理の3つのものが開示されているということができる。

そして、BSC-SN-80が13%のCrを含有するスチールであることは前記のとおりであるから、引用例1には「クロムを10%以上含有する高クロム含有鋼からなり、鋼管と継手との螺合面が終りそれより先端が鋼管側からみて先細のテーパをなして相互に接触するメタルーメタルシール部を有する継手であって、そのねじ部に、亜鉛メッキを施した油井管継手」が実質的に記載されているとした審決の認定は正当であり、これを前提としてなされた本件発明と引用例1記載の技術的事項との一致点に係る審決の前記認定には、何らの誤りも存しない。

この点について、原告は、引用例1が開示する技術的事項はBSC-SN-80からなるケーシングとチュービングのねじ部に適する保護手段は蓚酸処理であるということであり、bの記載とcの記載とを併せれば、ステンレスグレードのスチールには電気メッキは推奨されていないと理解するのが合理的であると主張する。

しかしながら、引用例1の前記記載を率直に読めば、ステンレスグレードのスチールからなるねじ部の保護手段として、蓚酸処理が採用されることが多いとはいえても、リン酸処理あるいは電気メッキは不適当であるとして排除されているのではないと理解することができるから、原告の上記主張は当たらないというべきである。

また、原告は、油井管継手のメタルーメタルシール部はメインシールと内面ショルダーシールの2箇所から形成され、内面ショルダーシールは油井管内を流れる石油に曝されるが、亜鉛はCO2を含む環境において耐食性が劣るから、油井管継手のメッキ金属として亜鉛を採用することは当業者の通念に反する事項であると主張する。

しかしながら、ここで争われているのは引用例1に高クロム含有鋼に電気メッキを施すことが実質的に記載されているかどうかであって、そのメタルーメタルシール部にメッキ鋼として亜鉛を使用することに進歩性があるか否かではない。そして、前記のように、引用例1に「漏れに対し積極的な抵抗を示すメタルーメタルシール」と記載されているとおり、「メタルーメタルシール部」とは、漏れ防止のためにシール面の接触圧力を高めてある箇所であって、油井管内を流れる石油のCO2あるいはH2Sが入り込む間隙は全くないと考えるべきである。もし、内面ショルダーシールも含め、メタルーメタルシール部に高面圧が発生しないのであれば、焼付あるいはムシレも生ずることがないから、そもそも保護手段としての表面処理を論ずること自体が無意味である。したがって、CO2等に対し腐食性を有することは、メタルーメタルシール部のメッキ材料として採用することに何らの妨げとならないことは明らかであるから、原告主張の点は高クロム含有鋼に電気亜鉛メッキが実質的に記載されていると理解することの妨げとなるものではない。

3  相違点イの判断について

原告は、引用例2にいう「シール」が本件発明が要旨とする「メタルーメタルシール部」に相当するとは断定できないから、「引用例2には、油井管継手のねじ部及びメタルーメタルシール部に、(中略)メッキ処理を施すことが記載されているものと認められる。」ことを理由に相違点イに係る本件発明の構成は当業者ならば容易に想到しえたとした審決の判断は誤りであると主張する。

検討するに、成立に争いのない甲第4号証によれば、引用例2には、「ねじとシールの要素には、以下の規定を適用する。シールの干渉はタンジェント点におけるピンシール部とボックスシール部との接触によって起こるものである(Fig.7.1とFig.7.2、寸法AとO参照)。」(44頁左欄5行ないし9行)、「エクストリームラインケーシングのボックス側又はパイプ雄端のねじ部及びシール部には、かじりを低減し、継手の漏れ抵抗を最大にするために、電気メッキ処理、熱処理又は他の許容される範囲の処理をしなければならない。」(同頁右欄15行ないし20行)と記載されていることが認められる(別紙図面C参照)。

すなわち、引用例2においては、「シールの干渉」が「タンジェント点におけるピンシール部とボックスシール部との接触によって起こるもの」とされているのであるから、引用例2にいう「シール」が本件発明が要旨とする「メタルーメタルシール部」に相当することは明らかであって、原告の主張は当たらないというべきである。

したがって、相違点イについての審決の判断に誤りはない。

4  本件発明の奏する作用効果について

原告は、メタルーメタルシール部に本件発明が要旨とする硬度及び融点の条件を満たす金属のメッキを施した継手は耐焼付性において優れた特性を有するから、「相違点を総合的にみても、本件発明の要旨とする構成によって、格別顕著な効果が奏されるとは認められない。」とした審決の判断は誤りであると主張する。

本件発明は、高クロム含有鋼に対して金属またはその合金メッキを強固に密着させることができるとともに、焼付やムシレを確実に防止することができるという作用効果を奏するものであることは前記1(3)認定のとおりであるが、このような作用効果は、当業者において、「かじりを低減し、洩れ抵抗を最大にする」という本件発明と同一の目的を有する引用例1記載の技術的事項に、引用例2記載の技術的事項及び甲第5ないし第7号証の技術的事項を適用することにより当然予測し得た範囲内のものにすぎないから、これをもって予測を越えた格別顕著なものとすることはできない。

したがって、本件発明の作用効果についての審決の判断にも誤りはない。

5  以上のとおりであるから、本件発明は引用例1、引用例2及び甲第5ないし第7号証記載の技術的事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとする審決の認定判断は正当であって、審決には原告主張のような誤りはない。

第3  よって、審決の取消しを求める原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 春日民雄 裁判官 持本健司)

別紙図面 A

1…油井管 2…継手 3…ねじ部 4…メタルーメタルシール部 5…円弧シール部

〈省略〉

別紙図面 B

〈省略〉

別紙図面 C

〈省略〉

FIG.7.1

MACHINING DETAILS-SIZES   THROUGH 7% IN.

See Appendix B for metric dimensions.

See Table 7.1 for dimensions and standoff values

See Fig.7.3 and 7.4 for thread details

See Fable 7.3 for thread and seal tolerances

See Part 2 for gaging practice

See Fig.7.2 and Table 7.2 for sizes over 7% in.

〈省略〉

FIG.7.2

MACHINING DETAILS-SIZES 8% THROUGH 10% IN.

See Appendix B for metric dimensions.

See Table 7.2 for dimensions and standoff values

See Fig.7.5 and 7.6 for thread details

See Table 7.3 for thread and seal tolerances

See Part 2 for gaging practice

See Fig.7.1 and Table 7.1 for sizes under 8% in.

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